現代はコミュニケーション崩壊の時代だ、っていう話を聞く機会があったのですが、僕は今ほどコミュニケーションが豊かにとられている時代は無いと思っています。

今は仕事をしながらでも、ふとFacebookやTwitterをのぞいたらいろんな人の投稿が見えて、気になったものには返信して、それにまた返信もらって、というのが当たり前にできます。

そしてそうやってやり取りしている人にはオーストラリア人もいれば韓国人もいれば50代、60代の人、高校生、中学生もいて、非常にバリエーション豊かです。そのうえそのつながりはオンラインだけじゃなくて、オフラインにも続いている。いい意味で境界があいまいになっている(本来境界なんて無いんですが)。

そんなの昔は絶対なかった(15年前くらいにはあるにはあったけど、ごく限られた人たちのものだった)。

確かに近所づきあいなどは減っているとは思いますが、考えてみれば「特に共通の話題も興味もなくただ地域という枠のためだけにとっていたご近所さんとのコミュニケーション」と「何かしらのつながりのあるコミュニケーション」とではどちらが豊かでしょうか。

前者の方が大切という人がいるのはわかるけど、僕は後者の方が好きです。見ず知らずの近くの他人よりも、たとえ直接会ったことさえ無くても何かつながりがあって何度か会話したことのある人の方が、困っているという話を聞けばより強く助けたいと思います。

思えば学校ってすごい場所です。育った環境や能力、好みなど全く違う何十人もが毎日同じ部屋に押し込められて同じ目標に向かわされているわけで、ストレスがないわけがない。いじめとか起きるのは当然です。それが大人になったら、苦手な人とはうまく距離を取って付き合えばいいし、付き合う以上何かしらお互いに価値を感じてそうしているのだから、気楽なものです。

これは田舎から都会に人が出ていく理由の一つでもあります。都会の方が田舎より気楽。

そのことを嘆いても、多くの人が現にそう感じて、そう行動した結果として今があります。

そして「強制されたコミュニケーション」を拒否した結果、多くの人は「自ら選択したコミュニケーション」を昔の人には想像できないくらい活発に行っている。

10代も前半のときから世界中のいろんな人と普通に会話できるってすごいですよ。この点に関して、もっと現状が高く評価されていいと思います。

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