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まずはお客様に儲けてもらうこと。

今、友人の著作「出稼げば大富豪」シリーズを読み直しているのですが、その中に「人を儲けさせることを徹底的に考える」という話が出てきます。

これは、できているかどうかは別にして僕も同感です。そもそも、今会社で開発している製品「SOY CMS」なんて、それができないと存在自体価値がない製品です。

CMSの直接のユーザは制作会社さんであったりシステム開発会社さんだったりします。

どうやったら彼らが儲けられるか?

次に、彼らのお客さんを考えます。それはメーカーであったりサービス業であったりします。今の時代Webの活用が全く関係ない会社というのはほとんどないといっていいと思います。

そういった方をまず儲けさせられないといけない。

さらにその先もあります。Webサイトを見る方たちです。よい情報がよりわかりやすい形でWeb上に出てくるのは、多くの人の幸せにつながります(疑問を持つ人もいるでしょうけど、そこはおいておいて)。

そんな製品なので、それを作るうえで誰のためのものか?ということをちゃんと考えるということがすごく重要です。これは、その(相手のことを考える連鎖の)流れに乗らない機能は作らない、という指針にもなります。

SOY CMSのサイトのリニューアルを計画しており、デザインを公募することにしました。

http://compe.submit.ne.jp/request/show/59

この機会に、サイトのコンテンツもそのあたり、考えていることがわかるものに入れ替えようと思っています。

農作物のブランド化はなぜ不可能なのか

タイトルは釣り気味ですが、畜産物を除く農作物、特に蔬菜類のブランド化が極めて困難なのは間違いなく事実です。

なぜかというと原因はシンプルで、下記の二つです。

・(消費者側の選定能力の問題も含めて)品質面で差別化しにくい

・安定した品質の商品を安定したルートで供給するのが難しい

一点目はもうそもそもの問題で、味で差をつけられない、つけられたとしてもそれが一般消費者には分かりにくいものだったらダメです。

二点目については、消費者の立場からすると「あのお店に行ったらおいしいアレが売っている」とならないと商品名なんて覚えない、ってことです。どんなに美味しくても、名指しで買ってもらうには買いたい人が買いたいときにその商品を手に入れられるルートがあることが大前提になります。品質が安定していなければダメなのはもちろん、ルートが無ければただ「今日買ったあれおいしかったね~あたりだったね!」で終わってしまいます。

ではどうやったら品質とルートを安定させられるのでしょう?流通の立場からだと、少しでも多くの産地のことを知って、その時点で一番良いものを仕入れることになります。それは不可能じゃない。だから八百屋さんのブランディングというのは成功事例がある。

生産の立場からは?

安定した品質のものを、安定した量生産すればよいでしょう。それが今の体制でできるでしょうか?よくある話が、地域でブランド化しよう!と農家さんが集まって取り組みを行うことです。でも、それだと管理は基本的に各農家さんにゆだねられるので品質は安定しません。もし安定させようとすると、安定のための努力の負担が誰かに集中します。そしておそらく、収益は各農家さんに均等配分されることでしょう。それでは長く続きません。

ビジネスとして当たり前のことが当たり前にできるようになれば、当たり前の成果は上げられます。まず何から手を付けるべきか、もうちょっと議論が健全に進む世の中になってほしいです。

SOY CMSサイトと会社サイトのリニューアル準備

現在SOY CMSのサイトと会社サイトのリニューアルの準備をしています。

SOY CMSのサイトはそもそもリリース時に想定していなかった改修を加え続けてもはや・・・な状態になっています。長い間ちゃんとリニューアルしなければ!と思っていたのですが、いつか、いつかではきりがないのでこの秋のうちにはリニューアルすることに決めました。

また会社サイトも「問合せを受ける」という意味ではほぼ機能していない状態だったので、一緒にリニューアルすることにしました。どうせだったら実験してみようと思い立ち、お客さんには勧められないやり方で少しずつ手を入れています。

(システムとしての)設計をしっかり作りこまなくてもリリースできて、公開後も簡単に手を入れられるのはSOY CMSの大きな強みです。テンプレートにifとかforとか入っちゃうとこれだけ気軽にデザインや構造変更できません。

自社サービスの開発と受託開発とでは結構いろいろ違う

過去、現在と両方やってきた経験から自社サービスの開発と受託開発とでは結構いろいろ違うと感じている。

結果と過程とどちらが大事か。どういうシステムがいいシステムか。評価の指標自体結構違う。

だから求められるマインドも違う。実際に使う技術は一緒でも。

 

受託開発しながら自社サービス作って軸足を移していくって、よく言われる計画だけど、実際に成功させている会社が稀有であることの大きな理由の一つがそこにあるという気がしている。少なくとも資金面での問題より大きいと思う。

たとえば、受託開発だとどうしても減点法が支配する。斬新なコンセプトはなかなか受け入れられない。不具合があればクレームになるけれど、将来の拡張性を考えたきれいな構成にしても加点されない。加点をもらおうと思えば機能の多さが求められる。その中で高い評価を得ようとするマインドで「いいものをつくろう」と考えて自社サービス/システムを作っても、おそらくそれはうまくいかない。

でも、本来であれば受託開発でも結果につながらないとダメなんだ。ただ現実問題としてそこはなかなか収益につなげにくいという問題がある。

その点、これからは変わっていくんじゃないかという気がしている。だから、SOY CMS等のサイトの記述も、過程より結果を意識したものにこの春頃に入れ替えた。

9月はいろんなサービスのリリースラッシュになりそう。気を引き締めていこうと思う。

ちびっこ発明王コンテストに参加してきました!

この前の日曜日はSOUSEI株式会社主催のちびっこ発明王コンテストにシェアワークス役員として、審査員として参加してきました!

主催者代表の乃村は僕が役員を務める株式会社シェアワークスの代表でもあり、それで参加したのですがとても面白かったです。

僕はまだ子供がいないので小学生くらいの年代の人の発想に触れる機会自体ほとんどないですから。

しかし小学生で見ず知らずの大人相手に自分のアイデアを自分の言葉で話す機会なんて、まずないんじゃないでしょうか。僕自身はただ観覧させていただいて、気に入ったアイデアに投票させていただいただけなのですが、参加された方の将来に少しでも役に立つといいな、と思います。

また、本イベントでは山本シュウさんが司会、進行を担当されました。コンテスト前には「家族の絆 ~We are シンセキ!~」と題したご講演もあり、このご講演もまた非常に良かったです。一点、順番が前後して失礼したのですが、僕自身は現代のコミュニケーションというのはなかなか良いものだと思っていて、それに対する問題意識というのはあまりないのですが、そこはどうしても世代的な差もありますし、たぶん僕の感覚は今のご両親世代(40代~?)にはわかりにくいと思うので仕方ないでしょう。それより、昭和のアタマと今の若い人を活躍できるようにするアタマとは全く違うのだ、というお話は全くその通りだと思いました。

一応僕自身経営者という立場で、会社の仲間は年代的には変わらないので家族とは違いますが、組織づくり、雰囲気づくりには気を配らなければなりません。説得より納得が大事、など心がけてはいることがたくさん話に出てきました。実際には全然できてないって皆に怒られるのでしょうが、、、いい反省の機会になりました。

家族というだけではなくて人付き合い一般の問題として、組織運営にかかわる方は山本さんのご講演を一度お聞きになっても損はないと思います。

今年のお盆はお盆らしかった

今年のお盆は結構お盆らしいイベントが多かったです。

16日は例年通り送り火鑑賞会を開き、東は東京、西は岡山から多くの方に集まっていただきました。最年少はなんと一歳!

お越しくださったみなさまありがとうございました!

また親戚が少なくて(いとこが父方の姉の子しかいない)法事とか全然行ったことなかったのですが、今年は叔父、叔母の法事にも行ってきました。親戚づきあいもいいものですね。

お墓参りもいつもは渋滞を避けて変な季節に来ることが多いのですが、今年はお盆の真ん中でした。来る、というのは実家は大阪にあるんですが、お墓は高祖父が晩年京都で過ごしていたため今住んでる京都にあるのでいつも両親がこちらに「来る」という感じなんです。

今ほどコミュニケーションが豊かな時代は無いと思う

現代はコミュニケーション崩壊の時代だ、っていう話を聞く機会があったのですが、僕は今ほどコミュニケーションが豊かにとられている時代は無いと思っています。

今は仕事をしながらでも、ふとFacebookやTwitterをのぞいたらいろんな人の投稿が見えて、気になったものには返信して、それにまた返信もらって、というのが当たり前にできます。

そしてそうやってやり取りしている人にはオーストラリア人もいれば韓国人もいれば50代、60代の人、高校生、中学生もいて、非常にバリエーション豊かです。そのうえそのつながりはオンラインだけじゃなくて、オフラインにも続いている。いい意味で境界があいまいになっている(本来境界なんて無いんですが)。

そんなの昔は絶対なかった(15年前くらいにはあるにはあったけど、ごく限られた人たちのものだった)。

確かに近所づきあいなどは減っているとは思いますが、考えてみれば「特に共通の話題も興味もなくただ地域という枠のためだけにとっていたご近所さんとのコミュニケーション」と「何かしらのつながりのあるコミュニケーション」とではどちらが豊かでしょうか。

前者の方が大切という人がいるのはわかるけど、僕は後者の方が好きです。見ず知らずの近くの他人よりも、たとえ直接会ったことさえ無くても何かつながりがあって何度か会話したことのある人の方が、困っているという話を聞けばより強く助けたいと思います。

思えば学校ってすごい場所です。育った環境や能力、好みなど全く違う何十人もが毎日同じ部屋に押し込められて同じ目標に向かわされているわけで、ストレスがないわけがない。いじめとか起きるのは当然です。それが大人になったら、苦手な人とはうまく距離を取って付き合えばいいし、付き合う以上何かしらお互いに価値を感じてそうしているのだから、気楽なものです。

これは田舎から都会に人が出ていく理由の一つでもあります。都会の方が田舎より気楽。

そのことを嘆いても、多くの人が現にそう感じて、そう行動した結果として今があります。

そして「強制されたコミュニケーション」を拒否した結果、多くの人は「自ら選択したコミュニケーション」を昔の人には想像できないくらい活発に行っている。

10代も前半のときから世界中のいろんな人と普通に会話できるってすごいですよ。この点に関して、もっと現状が高く評価されていいと思います。

twitterやFacebookを利用する企業が絶対にしないといけないこと

こんな記事を読んで、前から思ってたことを一つ書きます。

まんべくんのは行政の公式アカウントとしてはまずかったでしょう(それは政治家の仕事だから。選挙を経ていない人が政治性のある発言を行政のアカウントでするべきじゃない)。

ただ、企業に関して言えば、ソーシャルメディアを利用するうえでこういった禁止事項を作るより大事なことがあると思っています。それは、万一炎上しても責任問題が発生しないような社内の体制づくり。それと、炎上するほうがスルーされるよりはまだマシという意識の共有。

うちでもSOY CMSの公式アカウント等運用していますが、一時期外部の方のアドバイスを受けて、当たり障りのない範囲での真面目な情報公開しか行わないでいました。そうすると何が起こったかというと、全く問い合わせが来ない。

企業活動で一番怖いのは、批判されることでも炎上することでもなく、スルーされることです。敵ができても、それ以上に味方ができるのならそれはすべきことです。そして、たぶん応援してくれる人を増やそうと思えば、その数の一定の割合では必ず批判する人が出てきます。だから、陰口をたたかれないよう、批判されないように行動すると、結局味方もまったくできない、ということになってしまう。

そんなアカウントだったら最初から運用しなければいい。

先にあげたブログで書かれていたようなことは確かに守った方がよいのでしょうが(ネガティブな発言や純粋に好みの問題に対する批判なんて公式以前に個人の社会生活でもするべきじゃないでしょう)、禁止事項を作ればそれだけ発言が委縮することが考えられます。もちろん本当は別次元の問題なのですが、一度組織でルールとしてしまうとどうしても禁止事項は肥大化しがちになるように思います。

だから、企業がソーシャルメディアを運営するなら、いかに禁止事項を減らせられるかのほうがポイントで、万一トラブルが起きてもアカウント管理者本人の責任問題にならないような(思い切った発言をしても、責任の面で問題とならないような)体制作りが大事であり、それができないなら最初から何もしないでいいと思うのです。発言に多重チェックがかかるような体制だったらたぶん成果はあがりません。

そういう意味では先のブログのリストというのはよくできていると感じます。これ以外のことは何をやってもいい、って運用はありかもしれません。ただ、究極的にはやっぱり属人的な問題として、すべて任せられる人がいるなら任せて、何があっても任せた側の責任として処理して、もしそういうことができない(任せられる人がいない)のなら最初からやめておく、ということしかないのかなあとも思います。

テレビの韓流云々について思うこと

問題は、テレビ局の免許制だと思う。

局がたくさんあるなら、その国の情報ばかり流している外資系の局があったって構わないだろう。

今の資本構造の中で、日本製のコンテンツがコストパフォーマンス的に韓国製のコンテンツに勝てないなら、どうしたら勝てるか工夫して、行動できる土壌を作らないといけない。

まずそれができてない。

国産コンテンツを保護して外国産コンテンツを排除したら、それで競争力のあるコンテンツが作れるだろうか?日本の文化レベルはそんな水準だろうか?

一昨年からなんどか韓国に行って思うことは、かの国は本当にモノづくりがうまいなあということだ。

8の品質のものを6のコストで作って、9で売る。

方や日本は、12の品質のものを10で作って10で売る。いや、それも今や昔の話で、電化製品などであれば韓国製品のクオリティを8とすれば、同等かせいぜい9といったところか。

どちらが勝つかは明白だろう。

特に車が好きじゃない人で、ドイツ車とイタリア車とフランス車をちゃんと見分けられる人がどれだけいるだろう。欧州人などからしたら、日本と韓国との差なんてそれと同じかもっと小さいもののはず。今後国内のマーケットは縮小が確実なのだから、そうした人相手に商売していかなくちゃいけない。日本製だから高品質というイメージは、たぶんアジアに競合がなかった時代に作られたもので、まだちょっとは続くだろうけど、もういくらもしないうちに日本or韓国製だから、というのが一般的になると思う。いや、もうなっているという気もする。中国がそこに入ってくるのはまだしばらく先かな。

狭いマーケットだけ見てるんじゃなくて、もっと広い世界で、広い視野で、周りから自分たちがどう見えているかどうかちゃんと理解しながら戦わないといけない。

意識の高い学生wwwはなぜ嫌われるか

こんな記事見たのでもういっちょ就活ネタで。

意識の高い学生wwwはなぜ嫌われるかって、しょせん「意識の高い学生」だから。

意識高いんだったら本当に突き抜けちゃって、社会人としてもすごいと言われる実績残すとかしてしまえばだれも何も言わない。

学生の範囲でやれることだけをやって、それで鼻を高くしているから滑稽なんだ。

すごいといわれることなんてしなくていい。

社会人になってそれまでと一番違うのは、生活の糧を自分で得なければならない、つまり誰かに価値を提供して、その対価をもらうってことをしないといけないってことだ(というか、多分それが社会人の定義だと思う)。そしてそこには競争があるってこと。

学生時代からそれだけちゃんと意識していれば、多分意識の高い学生wwwにはならないと思う。