また大学時代にかかわった研究で感じたアクセシビリティに関する話をひとつ。

 

皆さん車いすって乗ったことありますか?最近は社会学習の一環で車いすで町を回ってみる、など学校の授業でされてたりするみたいですが、ざっと検索して見つかるパンフレットを見たところ「では実際に車いすに乗っている人はどういう人なのか?」という点について詳しく振れられているものはあまり見つかりません。

 

身体に障害があって車いすで生活すると言っても、「下半身が不随」なのか、「(左右どちらかの)半身が不随」なのかで大きく変わってきます。特に半身不随の場合は、片足が不自由であればそちらの手も不自由なので、手動の車いすだと左右同じように車輪を回すことができません。特に、段差があると、それが本当にわずかな段差でも、片輪だけを回して乗り越えるのは極めて困難です。

 

一方目が見えない方にとってはそういった段差が無いというのは杖で触れた時の手掛かりもない、ということです。何人かの方にお話を聞いた限りだと、ある程度は段差が無いと生活しにくいそうです。

 

では両方の方にとって生活しやすい環境とはどのようなものなのでしょうか?たぶん答えを出すのは非常に難しいと思います。使いやすさの定義がいかに難しいか、考えさせられました。

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僕の大学生時代の研究内容は、交通渋滞の研究の一環として「運転する人はどうやって目的地までの道を選ぶか?」調べるというものでした。

 

大きなくくりで言うと、「選択行動分析」という認知心理学の一分野になります。道を選ぶのも買い物をするのも基本的には考えるプロセスは同じなので、マーケティングの世界でも研究されています。ただ僕の場合は所属は工学部だったので、文学部や教育学部での研究に比べると、アンケートひとつ取るのでも条件が本当に比較可能なものかの見当など相当にガチガチに進めていました。

 

そこで一番研究のベースにしていた考え方が、人が複数の選択肢の中から一つを選ぶ場合、その思考は二段階に分かれる、というものです。

この仮説はフィリップ・コトラー氏の本にもちょっとだけ違う形で出てくるのですが、当時僕が行った実験でも大体その通りになったので正しいのではないかと思っています。

 

それぞれの段階についてどういうものかというと、

 

段階①

選択可能な候補から、細かく比較検討する対象とする候補を選ぶ段階

 

段階②

比較検討対象となった候補をじっくり比べて、実際に選ぶものを決める段階

 

なのですが、面白いのは人間の頭では段階②で「じっくり考えて比較検討できる」のはせいぜい2~3個まで候補が絞られた後、ということです。段階①は「直感的に」といっていいような形で行われます。

 

もちろん高額な事業用の機材を購入するなど、詳細な見当が必要な状況であれば異なってくる部分はあると思いますが、日常生活で行われている選択行動は大体そんな感じのはずです。

 

なのでそもそもの商品開発のレベルでも、段階②になって初めて気づかれるようなところに力を入れても段階①の壁を越えられなかったら意味がない、ということになります。

 

 

AIDMAとかAISASとかありますが、個々のプロセスをケース毎に検証するのは難しいですし、またその商品の(開発自体も含めた)マーケティングの中である人がかかわれる部分は限定的でしょうから、まずはざっくり上記の枠組みを頭に置いておくのがよいのではないかな~と思っています。自分自身が活用できているかどうかは別にして・・・

 

 

このネタはまたちょくちょく、詳しく書いていけたらと思います。

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