アーカイブ[2010年9月]

今週末結婚式挙げます

あまり結婚します!と言って回るのも色々周りの方にお気遣いを強いることになり申し訳ないので(特に遠方の方には)事後報告にさせていただこうかと思っていたのですが、ツイッターでも何件かお祝いのメッセージ頂戴していますので、ご報告させていただきます。

明後日、結婚式を挙げます。

嫁さんとつきあいだしたのは大学の1回生のとき。もう10年以上になります。二人とも20代のほぼすべてを一緒にすごしたことになります。

僕の就職活動と内定辞退、一社目、二社目の起業、失敗、今の会社の設立、それからの5年間。嫁さんの、司法試験受験とロースクール受験、進学、新司法試験受験、合格、司法修習を経て弁護士に。当時は二人ともただの学生だったのが、非常に厳しい時期をともに乗り越えてきて今があります。

まず僕なんかでいいって言ってくれている彼女に一番の感謝なのですが、二人ここまでやってこれたのも支えてくださった周りの皆様のおかげです。

本来でしたらお一人ずつにご報告とご挨拶を差し上げなければならないところなのですが、ひとまずこの場で御礼申し上げます。

伝える手段よりまずは伝える内容を学ぼう。

電車に乗っていて、「同志社大学グローバル・コミュニケーション学部開設予定」という広告を目にしました。

ちゃんとした内容は見れていないのですが、これ大学の普通の学部課程なのでしょうか?

だとしたら。。。うーん。。。

語学ってのはあくまで道具であって、それ使って何を伝えたいかが大事だと思うんだけど。。。

大学って、その伝えたい何かを作ったり、作る手段を身につけたりするところだと思うんだけど。。。

手段だけ身に着けてどうするの?

個人的に見てきた範囲では、普通の理系の学生のほうが外国語学部で英語勉強してる学生より英語話せる気がする。理系だったら英語の論文を読まなきゃならないのは当然で、修士にもなれば国際学会で発表することも珍しくないから、勝手に、必要に迫られてそうなっていく。一方英語専門で勉強してる人はそこまで道具として英語を使う機会なんて無い。おのずと差は生まれ、広がる。

文化を勉強するのは大事だけど、それだって結局教養というレベルだから何か武器になる「中身」があって役に立つものでしょう。

大学で専門として外国語学ぶのはちゃんと言語学の研究者になりたい人たちだけでいいよ。

(蛇足だけど同志社のサイト見たら目標がTOEIC 750点以上ってあった。ちょっと低すぎ。そのレベルじゃ旅行には困らなくてもちゃんとしたコミュニケーションは取れないよ・・・)

チンクルとホモフォビア

ひょんなことからチンクル(ゼルダの伝説に出てくるやつ)がアメリカでめちゃくちゃ嫌われているというのを見て、調べてみました。

本当に嫌われてるっぽい。理由は「ゲイっぽいから」。

向こうの人のホモフォビアさはすごいよね。ゲイとかそういうのって、向こうの方が進んでるイメージ持ってる人もいるけど。

しかしそもそもチンクルがゲイっぽいというのもよくわからない。これも調べてみたらアメリカでは

・ムキムキに体を鍛えてない、オシャレ=ゲイっぽい

らしい。日本ではむしろ

・ムキムキに体鍛えてる=ゲイっぽい

で、オシャレさに関してもそれこそ阿部さんみたいなのがモテるイメージ。

こういう差が何で生まれるんだろう?ってTwitterでつぶやいていたら、こういう回答をいただきました。

・アメリカでは高校に女子生徒の憧れの象徴としてアメフトチームがあり、一般に男性は体を鍛えることが当たり前だから。

うーむ。でもゲイが好きなのはやっぱり(好みは人によると思うけど)ムキムキの人なんじゃないのかなあ、と兄貴のイメージが強いので思ってしまいます。

文化ってわからない・・・

栗林忠道大将に思う

先日ブログで、長いスパンで見ると日本経済の先行きが明るいとは全く思えないので、海外に避難できる道を作りたいと考えていることについて書きました。

これに関して、「だったら経営者として少しでも日本経済の先行きを明るくするよう努力するのが責務なのではないか」と言われました。たしかに、それはそうかもしれません。その努力ももちろんしていくつもりです。

ただ、それだけじゃダメだとも思うのです。そこで表題についてです。

数年前映画で話題になった硫黄島の戦い。栗林忠道大将は立派な方で、最後まで最大限職務を果たしたのだと思います。現場の一指揮官としては、この上ない仕事です。

しかしその結果はどうだったのでしょうか。

もっと早く敗北していれば、もっと稚拙な戦術で戦っていれば、生き残れた人の数は増えたはずです。その後の米軍による日本攻撃も、史実ほどは苛烈にならなかった可能性もあります。

たとえ数日の時間稼ぎでも、価値のある数日、たとえば援軍を待つとか、核の実戦配備を待つとか、戦局を変えられるほどの数日なら損耗率96%という恐ろしい戦いをする意味もあると思います。でも、硫黄島の戦いはそうではなかったし、栗林大将もそうではないことを知っていたはずです。

栗林大将を本当にただ現場の一指揮官と捉えれば、そこまで考えることは難しいでしょうし、そもそも(軍人ということも踏まえて)考えるべきではないというところでしょう。考えたところでどうしようもないかもしれません。

ただ、誰かは必ず大局を見ていないといけない。大局的に間違った方向に進んでいるのなら、そこでその流れ自体に逆らうことはなしに現場の努力だけ行うと、かえって傷口を大きくする可能性がある。

歴史に「たら、れば」はないですし、安全な現代から過去の苦しい時代に生きた方を批判するのには抵抗があるのですが、栗林大将がすべきだったのは、同じ命を賭すなら、硫黄島での徹底抗戦ではなく、国内の改革に向けた戦いではなかったか。

最近の財政再建や、地方活性化に関する議論を見ていると、レベルは違いますが問題の質として近いものを感じるのです。

=========

あとで思い出して追記。

硫黄島の戦いについて、あれだけの抵抗を見せたから「日本人を追い詰めると恐ろしい」という認識が生まれ、それが戦後の安全保障に寄与している、という考えがあります。それはそうかもしれません。

どこまでいっても歴史に一方的、一面的な評価を与えるなんてことはできないのですから、大局と現場との対照を考える例として、マイナス面について触れただけです。

一つの行動、一つの思想に至る背景は一つとは限らない

最近、ブログにも何回か書いてますが経営者の人とゆっくり話す機会が多いです。

その中で、「なぜその考えに至ったのか」聞かれて、お話して、うまくわかってもらえないことがあります。理由は、表題の通り。

たとえばうちの会社は最初から海外に出ていくつもりでやっています。

その理由は下記のようなものです。全部本当で、建前はありません。

 

・やっているのが技術開発=地域等にそもそも縛られる必要のない分野だから、より大きなマーケットを狙わない手はない。

・自分たちの技術は世界で通用するレベルのものだという自信があるから。

・長いスパンで見ると日本経済の先行きが明るいとは全く思えないので、海外に避難できる道を作りたいから。

・日本がよくなるための努力をするといっても、いざとなれば海外に行けるようにしておかないと既得権益を持つ人たちに対して何も言えないから。

 

三番目に対して、日本人なんだから日本で頑張れよ!って怒られることがちょくちょくあるんですが、経営者としてリスクヘッジをするのは当然のことだし、四番目の理由もあるので日本のことを思えばこそ、海外に行かないといけないということもあるんです。

話せばわかってもらえることなんですが、1対多の関係というのは説明が難しいです。

「当たりまえ」感覚とスタート地点

この前ある方と飲みながらこれからのワークスタイルについてお話しする機会がありました。

その方「最近、場所に縛られない働き方ができるようになった。組織作りのあり方も考えていかないといけない」

僕「そうですか?なんだかんだ言って一緒に仕事する空間はあったほうがいいと思いますよ?」

そこで気が付いたんですが、その方も会社の事務所が不要というわけではなく、朝から晩まで会社にいる必要はなく、ある程度情報共有に差しさわりのないミーティングさえできたらあとは自由にしていられる、というようなお話なのでした。つまり、内容には差がないのです。

ただ、僕は今の会社を初めた時点では事務所は借りずに、各自が家で仕事をして基本オンラインでやり取り、必要があれば打合せをどこかでする、というスタイルだったのがそれに限界を感じ、事務所を借りたんです。そして、今は特に勤務時間は定めずに、お客さんに迷惑とストレスをかけないようにだけすればどうしてたっていい、というスタイルで仕事をしています。

そう、スタート地点が完全に反対方向の端の方にあったんですよ。だから同じところを見ても、感想が変わる。

こういうこと、結構あるので気を付けていかないとな~と反省した次第です。

僕の経営観

最近ちょくちょく、経営に対する考え方を話する機会があったのでついでだから記録しておきます。

僕は、会社はどこまでいっても従業員のためにあるものであって、会社のために彼らがいるのではないと思っています。僕なんて、彼らががんばってくれてるおこぼれに預かってるダニみたいなもんです。

ただのダニなんだったらいないほうがいいので、僕の仕事はというと、その「場」を作ること。活躍できる環境を作ること。

非常に幸いなことに、今僕の周りに集まってくれてる人は極めて優秀です。世界でも十分通用するレベルだと思います。そのかわり、性格的に難ありな人たちです。彼らの力を世に出すにはどうしたらいいか。今はそればかり考えています。

もちろんもうちょっと人が増えたら今のように個々人のことをそれぞれ考える、というのはできなくなると思います。それでも、全体の企業風土としては絶対その方向を守っていきたい。

投資家の方からは「人を大切にする会社は株価が上がらない」なんてことも言われるんですが(それはそれでひどい話ですが)、せっかくやりたいようにやりたくて会社作ってるのに「経営とはこうあるべき」みたいなのは考えたくありません。投資のお話を全部即お断りしているのにはそういう理由もあります。

SOY CMSベータテスター募集中!

SOY CMS新バージョン開発に向けて、現在ベータテスト参加者募集中です!

実際にソースコードをお渡しできるのは今月半ばになると思います。

ぜひご参加、よろしくお願いいたします!

http://www.soycms.net/

社会人の飲み会ってなんで男女で費用が違うの?

こんなまとめブログの記事を見ました。

「社会人の飲み会ってなんで男女で費用が違うの?」

http://404nots.blog88.fc2.com/blog-entry-1192.html

 

そしてつい先日、男女雇用機会均等法から25年経ち、企業の97パーセントが女性活用に熱心なものの、管理職に占める女性の割合は最も多い課長級でも5パーセントというニュースが出ていました。

http://www.47news.jp/CN/201008/CN2010082901000272.html

 

この問題、前も何回かブログに書きましたが表裏一体だと思うんですよね・・・

 

少なくとも、女性の先輩が自分より安い料金で飲み会に参加しているところを見た男性の後輩社員が、その女性社員のことを目上の人とみなさなくなる、男性の先輩と同等の存在とは感じなくなるのは間違いないです。そんな環境で(そのことを問題だと考えることのできない女性社員の感性の無さも含めて)女性社員を管理職に登用するのはきわめて難しいでしょう。

些細なことのようですが、結構深刻な問題だと思っています。

悪いことは言わないから、仕事で身を立てたい女の人はそういうときには男性料金置いてく方がいいですよ。

世に出る人、出ない人

先日、大阪で開かれたCSS Nite in OSAKAに懇親会だけ参加してきました(日中は残念ながら仕事でした)。

この日はスピーカーの一人がなんと中学生!

iPhoneアプリを作ってる中学生として有名な、Tehuさんです。

最初彼のことを知ったときは中学生でそんなんやってるなんて凄いな~と思ったのですが、所属する中学を見ると、母校じゃないか。。。

正直、あの学校ならそのくらいできる人は何人かはいるだろうなと思います(僕の時代はひと学年に2~3人いました)。でも、有名になってるのがすごい。

能力があるからといって、有名になれる、作ったものがたくさんの人に使ってもらえるようになるとは限りません。僕が中学生、高校生のとき周りにいたすごい人たちのうち何人かは、今ほんと普通のサラリーマンになって、会社の変な制度とかダメな上司のグチしか言わないような人になってしまっていたりします(もちろん僕の知らないところで大事な仕事はしてるのだとは思いますが)。

それってもったいないことこの上ないです。

先日、会社で技術支援しているセレクトファームに取材があったのですが、そこでもこの問題を感じました。難しい課題に取り組んでる本人は、自分がやってることのすごさってなかなかわからないものなんでしょう。

謙遜はしちゃダメ。「どうせ自分のやってることなんて知れてるだろう」と思ってるうちは絶対誰も見向きもしてくれません。そもそも知ることができないから。

逆に、本当にたいしたことが無かった場合はスルーされるだけなので実害ってほとんどありません。

何かしらちょっとでも人と違うことをしている人は、引っ込み思案にならずになんでもいいからアウトプットをしないと、もったいないことになりますよ。