2009年01月31日

本の紹介

久しぶりにこの前アマゾンのリンク貼ってみたんですが、折角なのでちょくちょく今まで読んで面白かった本を紹介していこうと思います。

 

まずは「イエスという男」。キリスト教に興味がある方は一度お読みになられることを非常にお薦めします。

2009年01月31日

今日で1月も終わり

もう1月も終わりって時間経つの早すぎます。。。

 

今年もあと11ヶ月、色々大きく環境が変わりそうな気配です。

 

業務のやり方変えてみたり変化に備えた用意を少しずつ進めています。

 

会社設立から3年、時間がかかってしまいましたがやっとベンチャー企業らしい雰囲気になってきた気がします。

2009年01月29日

悪いのは誰?

悪いのは誰? - ある無人島漂流の物語

 

これ、出題者の意図は知りませんが非常に良い質問だと思います。

 

僕だったら、結論は見ないかな。話の過程を見ます。

 

タケルンバ氏は

>女性の感情論を、ムリヤリ数の力と、論理で押し切ったようですな。

とコメントしていらっしゃるけれど、この場合は感情論が正しい。というか、感情論にしかなりえない。男性陣(単純に男女で区切らるものかは分かりませんが)がやっていることも本質的には感情論のはず。

 

世の中非常に良くあることなんですが、この問題って「善・悪」ではなくて「好き・嫌い」の対立ですよね。自分はどのようなタイプが好きか嫌いか表明すれば済むことなのに、それを無理に善悪という一般概念に落とし込もうとするから変なことになる。

 

猫好きの人に、犬のほうが優れたペットだと論理で説得するのって意味無いでしょう。

 

そういう感じのことをこういう感じのケースではみんな平気でやっちゃう。

 

なので一番重要なのは「理性的に善悪を決められる範囲」と「感情論でしか判断できない範囲」を区別する能力です。

 

その能力を確認するためには、この質問は非常に優れた素材です。それが分かった上でだったら結論なんてどうでもいい。「そういう人なんだ~」というだけの話です。上記の切り分けは、多様性を受け入れるためにも非常に重要なことです(戦争がなくならないのも結局これが一番の原因だと思う)。

Webの利用が一般に浸透してもう長くなるけど、本当にコミュニケーションの取り方が変わった。

 

今更な話なんだけど、ここのところ特にそれを感じることが多くあったので覚書程度に書いてみたい。

 

mixiの日記やtwitterで思ったことをまとめる前につぶやいたら、その時点で興味のある方が反応してくださって話がどんどん進んでいった(もちろん普通のブログでもいいのだけど、どなたに読んでいただいているかの可視性はSNSやtwitterの方が高い)。これはすごいことだと思う。

 

インターネット以前であれば、考えを自分である程度まとめて、相当の気力を割いて周りの人にアプローチをして、やっと何かできるというのが当然のことだった。それだと、同じことを実現するにしてもかかる時間が格段に長くなってしまう。

 

なんというか、pushとpullの境界線上のコミュニケーションが極度に発達したというのが正しい観察なんじゃないかと思うのだけれど、緩やかにお互いに興味がある領域をシェアしあってそこから新しいものがうまれるというのはインターネット独特だろう。

 

また、ある作家の方にmixiでメール差し上げたら、ご返信をいただくことができた。そういうところで短時間につながりが生まれるというのもまた昔ではなかったことだと思う。

 

今、学校に携帯電話を持ってこさせない運動なんてことがされているけれど、大人の理解の範疇を超えているからといって子供たちからそういった機会を奪うことは絶対にしちゃいけない。

 

僕は高校時代、生徒会関係やなんやらで色んな関西圏の高校をあつめたイベントの企画や運営をやってたのだけど、今みたいなツールが当時あったならもっとクリエイティブなことができていたんじゃないかと思う。また当時のメンバーは当然ながら皆割と行動的な人ばかりだったのだけれど、ツールの普及で行動へのハードルが下がれば、そうじゃなくても色んな経験を積む機会を作ることができるんじゃないか。

 

なかなか、変化を実感していない人たちには分かってもらいづらいところではあるのだろうけど。。。

2009年01月24日

農場日記を

いけてるサイト ドットコム

http://ikesai.com/

 

に掲載いただきました~!

SOY CMSを導入いただいているサイトを探していたら、作者の方のサイトを見つけたので気になっていたんですが、大阪出たときに買ってみました。ちょうど電車で大阪⇔京都の往復で読み終わるくらいのボリューム。

 

ラノベ、それも今まで読んだこと無いシリーズ読むのなんて何年ぶりだろうかという感じです。

 

内容は、結構好き。

 

ラノベによくあるキャラの強烈な個性で引っ張るのではなくて、登場人物が皆いい意味で普通な感じなのが読んでてストレス無く、素直に好きになれる感じでした。

 

しかしツンとデレのバランスって難しいですね。。。

 

2009年01月20日

教育は誰のもの?

一昨日はセンター試験でしたね。

 

このブログ読んでる人で受験したって人はいないと思いますが。。。

 

僕が受験したのは10年前と、11年前です。時間経つの早っ!

 

とはいえまだ忘れ去るほどの感じでも無いです。で、色々社説とか書かれてるの読んで思うことを徒然。

 

・競争は悪?

 

大阪の橋本府知事の政策に関する議論についてなんかでもそうなんですが、競争=悪、なんでしょうか?学力をつけることが目的で、競争そのものが目的になってはいけない、という論調をよく聞きますが、本当にそうでしょうか?

 

僕はどちらかというと、競争というわかりやすいゲームに参加することで結果的に学力をつけることこそ最善、最短の道ではないかと思っています。

 

小学生に学ぶ意味なんて理解できるとは思えません。あるのは純粋な知的好奇心と、人に勝ちたいと思う気持ちだけです。多分。

 

なので、過度に煽る必要は無いでしょうが、競争自体は善です。

 

さてここで視点を変えて、どういう人材が社会に求められているか考えてみます。

 

今僕のようなポジションで仕事をしていると日々接する人の学歴は様々です。大学を出ていない方もたくさんいらっしゃいます。そして、そういった方々の多くは(僕自身も含めて)母校の灘や京大の同級生たちより比較にならないほどできる人たちです。

 

もちろん、だから学歴なんて関係ないんだなんてことではありません。できる人は学歴なんて無くてもできる、ただそれだけのことです。できない人にとっては、少しでもいい学校を出ているに越したことは無いでしょう。

 

そう考えてみるに、結局教育っていうのは基本として「普通の人」をターゲットにしなければならないんです。生来の能力が同じなら、真面目で努力家でしっかりした訓練を受けている方が高く評価される。それは当然のことではないですか?そしてそのような評価をするには、競争に参加してもらうのが一番です。

 

その上で、はみ出した人への対応を考えればいい。

 

今の世の中、なんか例外と本流を逆転させたチンプンカンプンなことが言われすぎている気がします。リーダー教育とか個性教育なんて要らないんですよ。。。

 

それと、受験知識はちゃんと勉強すれば面白いものばかりなので、受験知識=悪、もっと根本的な学びの力が必要、というのも本質的にピントはずれだと思っています。

2009年01月16日

ブログかCMSかその2

前に書いたエントリーを引用いただきました。

 

001-その一行を守るのが、 web屋の仕事では?

a-blog から appleple CMS へ

 

続きというとアレなんですが、もうちょっと書いてみようと思います。

 

ブログかCMSか、なんて書きましたが、言うまでも無く?ブログはCMSの一種であり、概念としてこの二つは包含関係「ブログ⊂CMS」にあります(厳密にいえばCMSは非常に広い概念になるのでしょうが、ここでは一応CMS=Webサイト更新システムということにしておきます)。

 

なので、前回書いた内容は結局CMSを作る上で、「汎用性」と「分かりやすさ」をどう両立させるか、という問題に集約されます。

 

そこで、その点も含めてもうちょっと大きな視点からCMSに求められるものは何かということを考えてみたいと思います。安定性やセキュリティは当然のことなのでおいておくとして、他にはどんなものがあるでしょうか。

 

サイト構築の段階では、ト設計と構築にかかってくる追加のコストが問題になるでしょう。コストといっても費用的なものだけではなく、機会損失的なものも考えなければなりません。たとえばこういったサイトにしたい、こういう表現をしたいとなったときに、そのシステムではできないとか、できるとしても高度な知識が要求されたり費用がかかったりする、といったことです。

 

導入段階では、運用担当者の教育コストがほぼ唯一かつ最大の問題になります。運用担当の方にとって分かりやすいシステムであるのとないのとでは、とても大きな差が出てきます。しかもここで失敗すると、どんなにがんばってCMSを導入してもサイトコンテンツの更新がなされず、プロジェクト自体意味の無いものになってしまいます。

 

最後に運用のコストですが、拡張性が一番考慮しなければならない点だと思います。一旦リリースしたサイトでも、運用段階に入ってからデザインを変更したり新しいコンテンツを追加したりということは珍しくないと思います。そういったことにどこまで対応できるかということも、最初からできるだけ考えておかなければなりません。しかも、僕の数少ない経験からの推測なので確かではありませんが、サイト規模が大きくなるほどそういったケースは多くなる気がします。

 

なので、CMSには上記のようなコストを最小限に抑える(プラスの可能性は最大限に広げる)ことが求められます。SOYCMSも色々なサイトに導入してもらうようになって思うことなんですが、結局サイトの命はコンテンツです。それが全てです。見る人にとってはシステムなんてどうでもいいんです。上で色々述べてきましたが、いいかえれば制作や運用に携わる方の力を十分に発揮してもらえることが何より重要です。

 

じゃあどうやったらそれが可能になるか、というところで前回書いた内容につながってきます。ついつい制約が少なくのびのびと作ってもらえるシステムの方がよいように思ってしまうのですが、ある程度制約があるほうが思考のパターンを作りやすいせいなのか、受け入れられやすいのではないかと感じる場面が多くあります。

 

MovableTypeやWordpressがすごいなあと思うのはその点です。ベーシックな部分は制約が大きいのに、カスタマイズやテンプレート記述に長けた方がたくさんいらっしゃって結果汎用性が高くなっているというのは、上記のジレンマを社会的環境も含めて見事にクリアしているのだといえると思います。入り口は限られているから迷わないけど、その先も道がある(作ることができる)。

 

SOYCMSの場合、最初からのびのび作れてしまいます。最初はそれが大きなメリットだと思っていたのですが、世の中を知るにつれそんなに簡単な事ではないなあと感じています。極力分かりやすさには気をつけていて、導入はめちゃくちゃ簡単だし、運用段階でも管理画面はきわめてシンプルにしているのですが、そこに至る道が多いこと自体がデメリットになるということまでは意識していませんでした。

 

ただ、ここから先はヨタ話なのですが、日本という国を考えた場合、システムというのはそう国際的競争力の強い業種ではありません。それに対し、デザインやコンテンツは非常に強い。だったら僕たちシステム屋としては自分たちのシステムを使ってもらう云々以前に、デザイナーやプロデューサー、情報発信者の方が実力を十分に発揮していただけるような環境を整えるのが何よりの使命だと思っています。

 

そんな中で求められているシステムはどんなものなのか、後付でも組み込みが可能なくらいにあまりシステム側に神経を使わなくてもよいというSOY CMSのアプローチもMTやWPや、大型の商用CMSとも違ったひとつの答えなのではないかと思うので、改善をもっと続けていきます。

 

先週中、と書いたリリースは今週中にはいたします。すみません。色々修正していて、これ全部早い目にリリースしたいなあという内容がたまってしまいまして。。。

インストールマニアックスというイベントが開催されていて、今日はその最終日でした。

 

このイベントのことはお正月に偶然見つけたんですが、SOY CMSも審査対象にしていただいています(というか、それで見つけた)。

 

弊社ではまだ一度もIISでの動作は確認していないのですが、どなたかインストールに成功された方はいらっしゃるのでしょうか。PATH_INFO周りで問題がおきるっぽいという情報はあるのですが、うまく動作した方がいらっしゃればお教えいただけると嬉しいです。

2009年01月12日

面接テクニック

使えない奴”を足切りする為の面接テクニックについて

 

という記事を読んだのだけど、どうなんだろう。


会社での採用活動で面接するのはもちろん、最近は会社と関係無く学生さんにアドバイスすることも増えてきたんだけど、そもそも学生さんって全く面接で何を見られてるかわかって無いから、嘘や誇張をするにしてもするべきポイントを間違えていることがほとんどなので、その化けの皮をはがすのなんて非常に簡単なものだと思う。

 

今まで話した学生さんのことを考えると、「それがどうすごいの?」もそうだけど、「楽しかった?へえ、そんなことが楽しいんだ」とか聞いたら大抵の場合全部見えてしまう気がする。

 

ただ、この方法の問題点はハードルが高すぎること。多分ちゃんと受け答えできる人ってそんなにいないから、ある程度の人数採用したい会社だったらやってられないはず。

 

それに、面接官側のことを考えてみても、結局ほとんどの企業で面接官をしている人って面接のプロじゃ無いんだよね。本質的なところの質問ができる人はほとんどいない。だから、何を聞いていいかわからない。分からないから、マニュアル的なことをまず聞く。実は学生側と五十歩百歩のことをしてたりする。

 

学生さんは面接官が聞きたくも無いのに他に質問すること無いから聞いているのだなんて全く思いもよらないから、真面目に答えてディスコミュニケーションを発生させてしまう。結果、面接官も退屈して、どう差があるか分からない学生さんを頭を抱えながらいい加減な基準で選ぶ羽目になる。

 

 

だらだら書いてしまったけど、結局「就職活動の面接」の形がいびつ(というか錯覚と誤解の上に成立しているもの)なんじゃないかと思うのですよ。大抵の仕事はそれ相応の基本的な能力がある人なら誰でもできるはずだし、誰でもできるような仕事にブレイクダウンするのが経営者の役割であるはず。

 

つまり、本来であれば「まじめで(悪いことはしなさそうで)仲良くできそうなら誰でもいい。その中で、できるだけ要領がいい人がいい。」というだけのことのはずなんだ。

 

スキルが必要な仕事なら突っ込んだ話聞けば済むことだし(うちだったら、開発者の採用はバイトでも「どんなものを作ったことがあるか」聞いて、イマイチ要領を得なかったらその場でソースを書いてもらう事にしている)。

 

専門職じゃなければ、どうせいい加減な基準でしか選べないんだから、双方最初からそのことを踏まえて面接に臨んだ方がHappyなんじゃないか。

 

そう考えると、今の一般的な面接やグループディスカッションというのがそんなに効率のいい方法だとは思えないんだよなあ。

 

・・・とはいっても、大きな会社・古い会社だったら仕組み改善するの大変そう。

 

かといってうちみたいなベンチャー企業だと余裕が無いから、「コミュニケーションが全然出来なくて、空気も読めず、緊張に際してパニックになってしまうけれども、特定領域で天才的な才能を発揮する人物」の方がwelcomeなんだよねえ。それじゃ会社成長させられないから、どうにか変えていかなきゃならないとは思っているものの。

 

うーん。

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