今朝の日経で健保の拠出金負担の増大が記事になってましたね。
本当に高齢化は極めて深刻な問題です。景気回復期にも市民生活にそれが還元されないとか、ワーキングプアの問題だとかはほとんど全て高齢化に帰結します。福祉負担の増大はもちろん、社会における生産機関である企業がまず高齢化によって活力を失っていて、さらには有権者自体が高齢化しているから状況を改善する力がほとんど働かない。
しかも中々目に見えない形で状況の悪化が進んでいるから始末が悪い。
たとえば年金制度については、人口のバランスが崩れている以上「世代間扶助」の仕組み自体を見直さなければならないのは明白なのに、一向にそういう議論は進まない。会社員だったら社会保険料を労使折半で納めていると思うけれど、会社にとってみればそれは全てあわせて人件費なのだから、全額労働者負担であるのと同じこと(あるいは全額会社負担であると言ってもいいのだけれど、線引きはあいまいだし結局企業は従業員の努力によって富を生み出す装置なのだから本質的にはさほどかわりません)。でもそんなところに気がつかない人も多いからいい加減な数字が平気で発表されたりします。
福祉というのは社会に余力があって初めて成り立つものなのだから、まず保障ありきで社会全体が活力を失ってしまうと結局皆苦しい状況に追い込まれます。このままだったら本当にこの国は滅んでしまいます。
じゃあどうしたらいいかとなると、色々難しいのは承知で考えていることを以下述べていきます。
まず、企業を元気にする。
まず今どのようなことが起こっているかについては下記のブログの分析が的確だと思うので挙げておきます。
過去20年、労働市場で起ったこと(まとめ)
また、このエントリーでもシンプルな問題提起がされています。
企業も高齢化によって組織としての活力を失っているので、それを改善しなければなりません。そのためにはもうちょっと雇用の流動化が必要になるとでしょう。また、年齢分布自体が多少いびつでも、組織の構造とは切り離されていれば問題は小さくて済むと思います。つまり、社内でのポジションと年齢が比例しなければいい。上層部を高齢者で固めるからおかしなことになるんです。これは高齢者にとっても気持ちを若く保つことができてそう悪くない方向性だと思います。
次に、社会保障(およびそれに対する負担)に一定の差をつけること。一番大きなのは子供のいる人といない人。子供のいない人はいる人にくらべて、それがたとえやむを得ない事情であったとしてもそこで負担しているものが違います(この前提を強固なものにするためにも、出産費用および不妊治療の費用は一刻も早く全額国庫負担にすべきだと思っています)。老人であれば子供がいる(いた)人への給付は手厚く。そうでない人は子育ての費用を貯蓄できたはずなのだからその分少なく。現役世代であれば子供のいる人は負担を減免する。減免分は子供のいない人が負担する。そういう仕組みが必要になります。
少し話が外れるのですが、今図書館のホームレス対策について議論が盛り上がっているようです(こんなエントリーやこんなエントリー)。ホームレス対策といって女性専用席を設けるのは言語道断ですが(設定した図書館の人はどういう神経してるんだろう)、ではどうするのがいい方法なのかというと非常に難しいところです。これは結局のところ、平等の原則がどこまで適用されるべきかという非常に根源的な問題であり、二番目に挙げたエントリーのような話にもつながります。この点、ホームレスと老人を比較するのは多少モラルに欠けるかもしれませんが、「原則的には線引きが許されないところにどうやって線引きをするか」「弱者という存在にどう向き合うか」という問題として先の話題とつながります。
結局のところ、社会全体として余力がなくなってきているからそういった問題が各所で噴出する。世の中に余裕があれば解決策はいくらでも立てられるんです。
じゃあ世の中に元気がでるようにしたらいいじゃないか。。。あれ?なんで元気が無いんだっけ?そう、問題は堂々巡りです。どこかで問題を解決しないといけないのに聖域がそれを阻む。さらにはそれが問題を大きくする。今はそれの繰返しです。どこかで本質的な原因を把握して抜本的な解決策を打たないと、結局皆貧しくなってしまいます。はしかだってかかるなら早いうちの方がいい。上記のような手を早急に打てさえすれば、致命的に貧しくなる人はそれほど出ず、活気を取り戻すことが多分まだ可能です。みんな一緒に沈没してしまうよりそちらの方がよほどいいと思うんですが。。。