アーカイブ[2008年9月]

BTSどうしてますか?

BTS何使ってますか?

 

うちは昔は色々試してみたのですが、結局どれも機能過多だったり使い勝手がイマイチだったり一番肝心な機能がついていなかったりだったので、今は社内で開発したものを使っています。

 

リンク元の記事の選定条件には概ね同意なんですが、それだけの条件を満たしているものって中々無いんですよね。特にBTSは、営業担当やテスターといった比較的技術スキルの低い人でも見ることができた方がいいものです。なのでインターフェイスの設計は非常に重要です。正直、既存の有名どころのBTSを見ていると、そういうことは設計時に意識されてないんじゃないかと思ってしまいます。

 

だからといってなんでもすぐ内製するのはいい習慣かどうか怪しいですが、折角作った以上はできるだけ順次公開していけたらと思っています。

 

「こんなのあったらいいな」というようなご希望を教えていただけたら、内容によっては織り込むかもしれません笑

 

リンク元

http://gihyo.jp/dev/serial/01/bts/0002?page=1

Lang-8いいよ

Lang-8という友人(っていって怒られないかな?)の会社が運営しているサービスがあるのですが、はてブがすごいことになっています。

 

僕も以前から使わせてもらっているのですが、本当にいいサービスだと思います。ネイティブに添削してもらえるのは非常にありがたい。教室だったら、ちょっとしたニュアンスなんかは文自体が間違っていなければ修正されませんからね。読み書きという面で、自然な外国語を身につけるための最強のツールだと思います。

 

ある程度(観光旅行は困らずにできるぐらい?)の語学力がある人でないとうまく楽しめないかなとは思いますが、それさえ超えたら色んな国の人と仲良くなれるという点でSNSツールとしても優れています。

出張農業教室?

今年の年末か来年頭くらいから、農場日記の齋藤による出張農業教室を開催しようかと思っています。

 

対象はプロでも家庭菜園でもなんでもあり、どうしてもそれなりの費用(1日5万円~15万円程度+講師交通費)はかかってしまうのでグループで申し込んでもらう形を考えています。

 

ご興味のある方はご連絡下さい。開催自体全く未定ですが、もし実現できれば前もってご連絡いただいていた方を優先します。

なぜ不動産は金融不安の震源地になるのか

リーマンブラザーズの破綻で世間はゆれていますが、、、

 

金融機関の人はもっと金融・経済のこと勉強したほうがいいと思う。基本的なことがわかって無さすぎ。

 

サブプライムの問題の発端は当然不動産なんですが、日本のバブル景気もそうでした。

 

ではなぜ不動産がそういった震源地になりやすいか、という疑問が出てくるのですが、結論から言えばその原因は、不動産の所有は所有というより「永利用権の保持」というほうが正しいこと、汚染や災害といった利用価値の減滅や土地の埋め立てによる増加など例外的な場合を除き、供給量に変化が無いこと、全て特定物であること、の三つです。

 

現代では、こういった売買対象の特徴は全て無視され、どれだけのリターンが期待できるかというだけの基準で投機資金が流入・流出します。たとえば原油価格の高騰の一番の原因は、株価の低迷です。株式への投資ではリターンが期待できないからコモディティ(原油や穀物といった消費財)に流れる。一旦流れができたら、値上がり・値下がりがさらに大きくなり、益々流れが加速する。

 

それ自体はまだいいのですが、コモディティと不動産、株式、為替それぞれその性質は全く異なります(株式は事業内容次第でコモディティ的なものから不動産に順ずるものまで様々)。その上でさらに大事になるのが、どのような投資先であってもその資金が再生産に回されるかどうか、です。回されれば経済は潤いますが、回されなければ単なる価格上昇に終わり、市民生活の圧迫要因になります。

 

どんなものでも時空間を越えて一律の価値基準を提供するお金の仕組みはすばらしいものですが、皆投資の仕組みと質はもっと意識した方がいいのではないかと思います。でないと結局、自分自身が一番痛い目を見ることになります。

SOYCMSの使い方、Re:Creの連載

マクロスFは4クールだとばかり思っていました。

まもなく最終回だと知り、ショックが隠せません。

コードギアスみたいに半年後に続編、だったら嬉しいんだけど。

 

さて、Re:Creのブログの連載、いよいよ具体的なCMSの操作に関する部分を公開しました。今まではそれCMSとは直接関係ないやん、というようなことが多かったのですが、その部分を飛ばしては「業務の中でのCMS利用」について理解することが難しいと思ったので、順に解説してきました。

 

具体的な、まとまった制作例を作って説明するのはこの連載が初めてです。

もっと早い時期からそういうものを用意できたらよかったんですが、なにせうちにはデザイン専門のスタッフが居ないため、サンプルのサイトを作るのも大変だったんです。

結局、サンプルサイトは僕がお盆休みを一日使って作りました笑

 

あと一回連載を残していますが、これでひとまずサイトへのSOYCMS導入の流れはご理解いただける資料になったのではないかと思います。

 

リリースしてから気がついた部分も多いのですが、SOYCMSはまだまだ広がりを持つことができるシステムになっています。何とか早いうちに次期バージョンのリリースも行いたく思っています。

 

何卒今後ともSOYCMSをよろしくお願いいたします。

楽をすることはいいことだ、と思う

最近、ホームレス叩きやNEET叩きが一部で盛んなようだけど、そこでひとつの論拠とされる「勤勉さ」ってそんなに大事なことなんだろうか。もちろん、一番根本的な意味での勤勉さは間違いなく美質なのだけれど、今の実社会においては成果とは関係ない部分での「勤勉っぽさ」が要求されているように思うのは気のせいだろうか。

 

同じ成果を上げるなら楽をするほうがいいに決まっている。

 

見方を変えればホームレスやNEETは「ただ生きる」というだけを目的にするなら非常に効率のいい方法を取っているようにも思える。

 

結局、問題の本質ははっきりしていて

 

・生産活動が「生きる」ことと結びつかなくなった

・個人の生産性の差が極度に拡大した

 

という二点なんだろう。

 

前者について議論しだすときりが無いので、ここでは後者についてだけ話を進めます。

 

単純なことだけど、生産性が低い社会では勤勉さと生産力がほぼ比例する。単純作業を思い浮かべるとわかりやすい。それに対して、個人の生産性が上がってくると勤勉さと生産力が必ずしも一致しなくなる。

 

現実はめまぐるしく変わるけれど、価値観や言葉の意味は過去からのコンテクストに束縛される。ホワイトカラーエグゼンプションが導入されるかどうかなんて話があったけれど、導入されない場合(つまり現状)では生産性の低い人ほど給与が高くなる。蓋し、そういう環境だと皆「勤勉っぽく」振舞おうとするため、益々本来の生産性より「勤勉っぽさ」が重要になってしまう。

 

生産性の改善自体が労働として評価されるようになったのなんて、本当につい最近のことなんじゃないだろうか。もちろん技術革新は何千年にもわたって行われてきたことだけど、それはごく一部の人の手によるものであって、一般の人が意識することは無かったと思う。

 

人口の減少が避けられない今の日本の状況を考えたら、外貨を稼げる(生産性の高い)人をもっと優遇して、その分生産性の低い人には本当にラクになるような還元を行うといったバランスの修正策が必要になるんじゃないかと思う。

 

ちなみにうちの会社では「楽するために最大限努力する」ことを推奨しています。もちろん成果への妥協では無く、業務・作業を効率化して、のお話です。

 

トラックバック元

 

まあ、皆ほんとに労働しない(と思われている)人嫌いだよね

ラクして生きて何が悪い

 

彼女がほしい、だっていじゃないか

このblog記事について。

 

そうかなあ。

 

漠然と彼女がほしいって気持ち、すごく真っ当だと思うけど。

 

確かに「惚れない」ことは問題だけど、その原因をさらに追究すれば「出会いがないこと」でしょう?

 

もしくは日常的に異性と接していても、「出会い」と相互に認識されるような接触がないか。

 

そういう点では何かしらのフラグを期待するのは仕方ないと思う。

 

男子校出身だから、絶望的な環境の中そういう気持ちを強く持つのはすごくよくわかる。思い出したくないくらいに。

 

あと、付き合う出すまでは極論誰でもいいんだよ。付き合ってみないとその人の良さなんてわかんないんだし。今の彼女と付き合ってもう八年半だけど、最初のときより今のほうが断然仲いいもん(僕は運が良かっただけ、合わなければ別れたらいい)。

 

結論なんだかよくわからないけど、みんなややっこしいこと考えすぎ。彼女ほしいならがんばればいいと思うし、いらないならいらないでいいと思う。

 

どうせ本能の部分なんだから理性ではどうにもならないんだし。議論したってしゃーない。せいぜい気にするべきは、本気で彼女(彼氏)がほしくなったときにはちゃんと「相手から見た自分」を意識しろよ、ってことくらい。

WCANとCSSReloadedいってきた

この土日はWCANCSSReloadedに行ってきました。

 

WCANではライトニングトークのお時間をもらったのですが、スクリーンの横にカウントダウンタイマーを出して、そこに会場からのツッコミを流すということがされました。

 

人生初LTだったのですが(以前どこかで飛び入りでやったことがある気もしなくも無いけど)しゃべってる最中はとてもじゃないけど読めません。

 

それどころか、凹む内容かかれてたらどうしようとか考えてしまう笑

 

で、会場の方はツッコミにも反応するものだから話している側からすると全然わからないタイミングで受けていたりする。

 

いや~緊張感あって面白かったです。

 

しかもあとから聞くに、発表の内容に関する突っ込みは皆無だったよう。

フォント渋いとかそんなのばかり笑

 

アップルップルやまもとさんはじめ、名古屋の皆様、ありがとうございました!

 

翌日は朝一番でスケート行って(学生のときの部活がちょうど名古屋で合宿中だった)、昼前から用事済ませて大阪に戻り、夜はアップルストア心斎橋に。途中心斎橋駅で京都の知人に偶然会うなどしたあと、途中からですがCSSReloadedに参加させてもらいました。

 

allWebクリエイター塾の大本さんから大阪に来られるとの連絡を頂戴したので行ってきたのですが、Re:Creの人もいっぱいきていて、その後は飲み会⇒終電。

 

僕らは開発・技術サイドの人間なので正直あまりCSS等については詳しくありません(だからこそデザインと動作をきっちり分離する開発基盤がほしくて、SOYを作った)。なので制作寄りの最新の情報は非常に刺激になりました。残念ながらシステムの管理画面は「ちゃんと動作する」ことが最優先になるため、CSS3を導入するのはまだ相当先のこととなると思いますが、UI設計の表現の幅が広がることは間違いないので、ウォッチは続けていけたらと思います。

デジイチ欲しいなあ

そう、未だにデジタル1眼持ってないんですよ。うちの会社の役員で持ってないの僕だけ。

 

で、こんな記事を読みました。

 

ストロボと単焦点レンズは、本当にその通りだと思う。

 

プロならいい絵を落とさないための便利さも大事で、腕でカバーできるところがあるけど、趣味(というか初心者)なら絶対単焦点(このへん昔は逆のように言われてた気がするのだけど、今はズームレンズも良くなったからなあ)。

 

光もそうだし、画各決めるのに足を使う癖をつけられたら表現の幅が大きく広がる。

 

僕が初めて本格的に写真を撮りだしたときに使ったレンズは

これ

だったのですが、55mmという中途半端な焦点距離が使いやすくてね~

 

ちょっと望遠っぽく撮るなんてこともできて。

 

広角と望遠どちらが好きかというのはわりとはっきり別れる気がするので、自分の好みにあった中途半端な?単焦点レンズが一本あれば、大抵の撮りたいものは撮れるんじゃないかと思います。

 

APS-CのカメラだとF2以下で24mm(あるのかどうか知らないけど)か35mm、もしくは50mmがいいんじゃないかなあ。

 

そんなレンズ、デザイン的にはいまどきのボディには似合わないかも知れないけど笑

iPhone敗戦

iPhone 3Gの販売台数は実質「敗戦」状態か

という記事が出てましたね。

 

まあそうだろうなあ。出たときから報道と周りの人(IT、Web業界を除く)との温度差が激しいなあとは思っていたけど。

 

新規性が薄いどころか日本の一般的な携帯ユーザにとっては「低機能な端末」と映ったことだと思います。実際、会社の方針で持たされたけど不便でしかたないという声も聞いています。

 

しかし考えさせられるのはiPodとの違いです。新しいマーケットでブランド力をつければ商品力に勝る後発製品にも脅かされない圧倒的なポジションに立ててるけれど、ブランド力があっても商品力が競合製品に比べて見劣りすればそんなに有利な戦いはできないのだということを考えさせられます。

高齢化と社会

今朝の日経で健保の拠出金負担の増大が記事になってましたね。

 

本当に高齢化は極めて深刻な問題です。景気回復期にも市民生活にそれが還元されないとか、ワーキングプアの問題だとかはほとんど全て高齢化に帰結します。福祉負担の増大はもちろん、社会における生産機関である企業がまず高齢化によって活力を失っていて、さらには有権者自体が高齢化しているから状況を改善する力がほとんど働かない。

 

しかも中々目に見えない形で状況の悪化が進んでいるから始末が悪い。

 

たとえば年金制度については、人口のバランスが崩れている以上「世代間扶助」の仕組み自体を見直さなければならないのは明白なのに、一向にそういう議論は進まない。会社員だったら社会保険料を労使折半で納めていると思うけれど、会社にとってみればそれは全てあわせて人件費なのだから、全額労働者負担であるのと同じこと(あるいは全額会社負担であると言ってもいいのだけれど、線引きはあいまいだし結局企業は従業員の努力によって富を生み出す装置なのだから本質的にはさほどかわりません)。でもそんなところに気がつかない人も多いからいい加減な数字が平気で発表されたりします。

 

福祉というのは社会に余力があって初めて成り立つものなのだから、まず保障ありきで社会全体が活力を失ってしまうと結局皆苦しい状況に追い込まれます。このままだったら本当にこの国は滅んでしまいます。

 

じゃあどうしたらいいかとなると、色々難しいのは承知で考えていることを以下述べていきます。

 

まず、企業を元気にする。

 

まず今どのようなことが起こっているかについては下記のブログの分析が的確だと思うので挙げておきます。

過去20年、労働市場で起ったこと(まとめ)

 

また、このエントリーでもシンプルな問題提起がされています。

 

企業も高齢化によって組織としての活力を失っているので、それを改善しなければなりません。そのためにはもうちょっと雇用の流動化が必要になるとでしょう。また、年齢分布自体が多少いびつでも、組織の構造とは切り離されていれば問題は小さくて済むと思います。つまり、社内でのポジションと年齢が比例しなければいい。上層部を高齢者で固めるからおかしなことになるんです。これは高齢者にとっても気持ちを若く保つことができてそう悪くない方向性だと思います。

 

次に、社会保障(およびそれに対する負担)に一定の差をつけること。一番大きなのは子供のいる人といない人。子供のいない人はいる人にくらべて、それがたとえやむを得ない事情であったとしてもそこで負担しているものが違います(この前提を強固なものにするためにも、出産費用および不妊治療の費用は一刻も早く全額国庫負担にすべきだと思っています)。老人であれば子供がいる(いた)人への給付は手厚く。そうでない人は子育ての費用を貯蓄できたはずなのだからその分少なく。現役世代であれば子供のいる人は負担を減免する。減免分は子供のいない人が負担する。そういう仕組みが必要になります。

 

少し話が外れるのですが、今図書館のホームレス対策について議論が盛り上がっているようです(こんなエントリーこんなエントリー)。ホームレス対策といって女性専用席を設けるのは言語道断ですが(設定した図書館の人はどういう神経してるんだろう)、ではどうするのがいい方法なのかというと非常に難しいところです。これは結局のところ、平等の原則がどこまで適用されるべきかという非常に根源的な問題であり、二番目に挙げたエントリーのような話にもつながります。この点、ホームレスと老人を比較するのは多少モラルに欠けるかもしれませんが、「原則的には線引きが許されないところにどうやって線引きをするか」「弱者という存在にどう向き合うか」という問題として先の話題とつながります。

 

結局のところ、社会全体として余力がなくなってきているからそういった問題が各所で噴出する。世の中に余裕があれば解決策はいくらでも立てられるんです。

 

じゃあ世の中に元気がでるようにしたらいいじゃないか。。。あれ?なんで元気が無いんだっけ?そう、問題は堂々巡りです。どこかで問題を解決しないといけないのに聖域がそれを阻む。さらにはそれが問題を大きくする。今はそれの繰返しです。どこかで本質的な原因を把握して抜本的な解決策を打たないと、結局皆貧しくなってしまいます。はしかだってかかるなら早いうちの方がいい。上記のような手を早急に打てさえすれば、致命的に貧しくなる人はそれほど出ず、活気を取り戻すことが多分まだ可能です。みんな一緒に沈没してしまうよりそちらの方がよほどいいと思うんですが。。。

9月27日Re:Creator'sKansaiのイベント

27日にRe:Creator's Kansaiのイベントがあります。

 

ライトニングトークを多人数で回して続ける、という内容。

 

僕もなんかしゃべりたいなーと思うんですが、テーマなんにしようかな。

 

・おいしいトマトの作り方

・男の着物の着付け方

・スケートのジャンプの飛び方

・簡易時限爆弾の作り方

・応用で密室の作り方

 

・・・嘘です。IA関係かな~

走りながら見えてくること

SOYCMS正式版リリースからもうちょっとで半年、おかげさまで走り出しは順調です。

 

しかしまあ、社内で仕様を検討して開発を進めている段階に比べて、公開して実際に使ってもらった感想を教えてもらえる今とでは全然見えるものが違ってきますね。

 

リリース当初は「普通の企業サイト」に向いたCMSのつもりで中小規模サイト向けとPRにも書いたのですが、今はポータルサイトやニュースサイトの構築にも向いているなど、把握しきれていなかった特徴が色々わかってきています。

 

もちろん弱点も見つかるのですが、想定していない弱点があること自体が想定内です。それは順に潰していけば済むことです。それにくらべて想定していない良い特徴が見つかるのって本当に想定外なんですよ。

 

作った人だったら最初からわかっておけよと仰るかもしれませんが、わからないものなんですよ、それが。

 

そう考えると、よく言われることですが、まずはとにかく始めてみてあとは走りながら考えるって大事だな~って思います。事業自体もそうだし、その中での個々のプロジェクトでもそう。

ビジネスアイデアの出し方

ここのところちょっと思い立って、はてブの人気エントリーに関連する記事を毎日書くようにしています。

 

きょうはこれ。

天才でない普通の人間でビジネスアイデアを量産するワザ

 

桁外れのインプットがアイデアを生む、というのは全くその通りだと思います。引き出しが多いと、それだけ柔軟なパターンマッチングが可能になります。僕の場合は、中高の時に毎日必ず何かしらの本を1冊以上読むというのを6年間続けたのですが、それを通して身についた知識には色々助けられています。

 

ただ何点か付け加えたくなるところがあります。

 

まず、天才でない人でも、、、ということですが、天才の人のinputの量は半端ではないです。学生時代から色んな分野の天才と言える人を見てきましたが、皆本当にすごい量をinputしています。彼らにとってはそれ(input)自体楽しいことだからまったく苦にならない。当然の結果として非凡な量になる。

 

あと、一番大事なことですが、そもそもビジネス分野における独創性ってなんだろうか?という問題があります。独創的でありすぎても理解を得るのがそれだけ難しくなるため、ビジネスになりません。その点組み合わせであれば、それを伝えたら済みます。もし独創的なアイデアにめぐり合えたとしても、それを他の人がわかるレベルまでデチューンしないといけない。これは才能よりもinput量がモノをいう作業だと思います。

 

結局input量が大事であるという結論には何も変わりはないんですが、ここでもうひとつ思うところがあるんです。

 

それはoutputもなければinputもうまくできないのではないか、ということです。

 

inputするときも当然のことですがただ詰め込むだけではだめで、情報を整理していかなければなりません。多量のinputがあれば勝手に整理の方法が身につくものだと以前は思っていたのですが、色々人にあってみて「知識はあるけど活用できていない・理解できていない」人が少なくないことを知りました。そういう人は整理が下手です。で、一番整理の訓練になるのがoutput。もちろんoutputされたものは正しい批判の洗礼を受ける必要があります。出しっぱなしでも意味が無い(ひとりよがりのblogをつけているだけでは力は身につかないというのはよくわかることだと思います)。

 

そうなると、大事なのは議論の場です。outputを出してそれに対するフィードバックを受け取ること。その仕組みを、人生の早い時期に作るのが非常に大切なことになるんじゃないかと思います。情報の整理が得意になれば、同じ量のinputでもその価値は数倍違うものになります。文章を読むの自体速くなりますしね。

 

今日ちょうど学生新聞のインタビューを受けたのですが、僕の場合は中高時代関わった新聞委員会の活動が非常に役に立っています。各自記事を書いて相互添削する。また、関西一円の同様の活動をしている高校生を集めて、どうすればよい記事が書けるかディスカッションする。レベルこそ子供のそれでしたが、そういう機会を10代で持てたというのは非常に幸運だったと思います。話をしていると、同世代でもほとんど議論をしたことが無いという人がすごく多い。

 

そんなの勿体無いので、今だったらWeb上でもいいんですから、議論しましょう、議論。

「ハエたたきが当たらない」その理由が判明

「ハエたたきが当たらない」その理由が判明

というニュースがありましたが、、、

 

更なる問題はハエがどうやって危機を探知しているか、ですね~

 

人間だったら視覚刺激に対しては100ミリ秒では反応できません。聴覚でやっとこさ。その点、ハエはどのような感覚への刺激をもとにして回避行動をとっているのでしょうか。

 

この研究は当然ながらハエ叩きの方法の研究じゃなくて、ハエの情報処理能力についての研究だと思うんですが、それはさておきとして、ハエがどのような知覚にどのような反応をするかがわかればよりよいハエ叩きの開発が可能になると思います。記事では「ハエの現在の場所をたたいてもダメ。ハエが逃げるべきと判断した方向の、ちょっと先の方を狙うべき」とありますが、0.1秒の間にハエが最適な方法を計算するんでしょ?じゃあ「逃げるべきと判断した方向」ってどっちなのよ、という。

 

でもねえ。やっぱりそれより無益な殺生はダメだと思うんですよ。いいじゃないですか、ハエくらい。家の中に発生源を作らなければ、出て2、3匹でしょ?ほっておいてもすぐいなくなるでしょう。叩いて殺したら、その後始末の方が大変です。

京大工学生はゆとり世代から学力低下

またこんな記事とその記事へのコメントを見つけました。

「京大工学生はゆとり世代から学力低下」 ~さらば工学部(7)

 

僕は物理工学科の出身で工業化学科のことはそんなによく知りません。今の会社のメンバーも工学部だと情報系ばかりです。でもまあ、本質的なとこでは一緒だと思うのでそこの差は無いという前提でお話します。

 

まず、記事の第一の問題は学部教育と大学院教育をごっちゃにしていることです。教授の質の向上なんて学部生には関係ない。その違いがわかるのは早くても4回生の後半、普通だったら修士に行ってからです。つまり、「研究」を経験した後。

 

ここで話を修士以上にかぎれば、僕のわずかな体験の範囲のお話になってしまいますが、ちゃんとした「研究」を指導できる教授というのはそう多くない気がします。しかも面倒なことに、その点については教育への熱心さはあまり関係なかったりする。具体的には、「何のために」「どういう方法で」「どういうことを調べるか」という各点についてちゃんと整理できていない(もしくは意識が浅い)人が少なくない。また、教員の意識さえ高ければ、そんなに教育熱心じゃなくてもなんとなくその区別は身につきます。学部生までは「どういう方法で」ということだけしっかり学んでいればいいので、あまり深く考えなくてもよい教育はできるのですが、大学院レベルだと「何のために」「どういうことを」という目的設定の能力自体を本来なら磨かなければならないため、厄介な問題になります。

 

で、こんなブログも見つけたのですが、これは完全に「どういう方法で」ということについてですね。最初の記事でも一回生配当の講義の不合格から話題が始まっているため、主に学部生(つまりは「どういう方法で」の教育)についてのお話だと思います。

 

確かにもとの記事よりも焦点がはっきりした批判ですが、果たしてそうでしょうか?10年前でも高校で習わないことが当然のように講義の前提条件として話が進められていたように思うんですが。。。

 

結局、一番の問題は定員なんじゃないかと思っています。入学年齢人口が減っているのに定員を減らさ(せ)ないから、(努力・才能どちらの面からも)今まで入ることができなかった人が入学するようになっている。学生さんと話す機会はそれなりにあるのですが、そこでの実感にも当てはまります。優秀な人は昔と変わらず優秀だけど、そうでない人が確実に増えてる(あくまで個人的な感想であり、分析ではありません)。

 

入試簡単にしたりとか履修制限を厳しくしたりとか世間に迎合するのはやめて、昔どおりの教育をマイペースにしていってほしいものです。

戦前の建築が残り、戦後の建築が消えていく、という不条理

こんな記事を見つけた。

戦前の建築が残り、戦後の建築が消えていく、という不条理

 

僕もこれ、以前から思っていました。母方の曽祖父、祖父が建築の仕事をしていたのですが、曽祖父の作品の方が後々まで残りそうな感じがして。

 

戦後の工法・建築材料は戦前のそれほど長期使用に向いていない、というのが記事では触れられていませんが理由のひとつとしてあると思います。

 

ただ、それを差し引いても不条理感は拭い去りきれません。

 

さらにいえば、最近建てられたビルはどのくらいの期間の使用を想定しているのかな?というのも気になります。数百年後、法隆寺があって銀閣寺があって明治建築もあるのに2000年代初期の建築は無い、というのは今という時代を生きている者として少し寂しい気がします。

 

しかし、

>一般の人がそれを愛(め)でる意識を持っているか、いないか、の差

と記事では仰っていますが、建築家サイドでも将来にわたって建築に興味が無い人にも愛されるよう意識を持っていただくことも必要だという気がします。

 

とはいえ、そこまで後世まで残らなかったとしてもいい仕事ですよね、建築って。うちの祖父なんか、自分が設計した教会で葬式を出しました。ソフトウェアの開発じゃそういうの絶対にありませんからね。農作物は食べたらなくなりますし笑

草書の筆文字を読めるようになりたい

昔からひとつ、ずっと悩んでいることがあります。それは草書の筆文字が読めないということ。そんなん読めなくて当たり前やん、と仰る方も多いでしょうけど、2000年近くも前の中国の文書はそれなりに読めなくもない?のに、ほんの100年ほど前の日本の手紙は全く読めないということになんともいえないやるせなさを感じているのです。

 

で、どうやったら草書の筆文字が読めるようになるのか、普段からそういった文書と接する機会が多いと思われる歴史学者の友人に尋ねてみました。そこで教えてもらった方法が下記の二点。

 

1.自分で書いてみる

 

草書を自分で書けるようになれば、崩し方への理解が深まり読めるようになるということです。そりゃそうだろう。いや、本当にそうなのか?

 

2.お家流の崩し方を学ぶ

 

江戸期以前の文書であれば、崩し方が各家ごとに決まっているのでそれを学べばその流派?の文書は大体読めるようになるそうです。

 

まあわかっていたことですがどっちにしろ実益の割に簡単じゃないですね。。。

 

ひとつ収穫だったのは、歴史学者の方にとっても草書の文書を読むのは簡単では無く、とくに流派がはっきりしない近代(明治~)の手紙は非常な難物だという話が聞けたことです。素人考えでは近い時代のものの方が読みやすいような気がしていたんですが、全然そんなことは無いらしい。

九州行ってきた

この週末は九州に行ってきました。

 

佐賀など色々まわった後、土曜は福岡で働くWebの人々主催のWeb Barbarians Conference 2008 Summerに懇親会だけですが参加させていただきました。

 

福岡熱いな~

完全に一人余所者として浮いていたのですが、皆様仲良くしていただきありがとうございました!!

 

残念ながらカンファレンス自体は不参加だったのですが、技術的な話から子供の話まで(なぜか子供の話がおおかったです笑)非常に楽しかったです。

結局明け方まで飲んでいました。場所の名前を失念してしまったのですが、ああいった「溜まり場」みたいなところがあるのはいいですね。特にデザイン関係の方も多かったので、非常に「それっぽい」雰囲気だったのが完全にツボでした。

 

資料はまたWebにアップされるようなので、チェックしようと思います。特に阿部さんのセッションの内容には興味があるので楽しみです。

 

今回、意外と?SOYCMSをご存知くださっている方が多くて嬉しかったのですが、SOYCMS(というか、SOY2フレームワーク)も同じような発想を出発点としています。UI中心に設計・開発を行うための業務プロセス改善を目的として開発したんです。そのため、SOYCMSのソースコードもそれがわかる構造になっています。もしご興味をお持ちいただけるようでしたら、一度ソースコードをご覧下さい。