アーカイブ[2008年6月]

衣食足則知榮辱

mixiでは前にも書いたんですが、管子にある、「衣食足りて礼節を知る」の語源となった言葉です。


礼節だと、何か形式的なお行儀みたいな感じがするので、より深い価値観レベルの違いを表している気がする「衣食足則知榮辱」の方が好きです。


最近、中国の商代~戦国期の歴史の本をよく読んでいるんですが、面白い!


孔子、孟子、荘子、老子、孫子、皆この時代(というのには長すぎる大雑把な区分ですが、、、)に生きた人です。臥薪嘗胆や呉越同舟など、多くの故事成語もこの時代の出来事に由来します。


現代の中国文化(そして日本文化)の基礎がそこにあると言っても過言ではありません。


その割に、全然知られてない。


話のネタ、薀蓄にもなりやすいので、おすすめです。

研究と開発

今日、非常勤のスタッフと朝話していたんだけれど、、、


大学の情報系の研究室って、研究なのか開発なのかはっきりしていないところが多い気がします。


非理系の方は、研究も開発も似たようなもんじゃないの?と思われるかもしれませんが、この二つ、大きく違います。


ざっくり言ってしまえば、研究=真理・原理探求であり、開発=役に立つものを作る、ということです。開発であれば原理はわからなくても役に立てばそれでいい。


だから本当なら、「実用可能性の無い研究など意味が無い」ということはナンセンスで、研究は研究として価値を認めるべきことなんです。


このことについての意識が中途半端だと、成果も中途半端なものになっちゃうんですよね。


僕自身の経験から言うと、昔「人が運転するときにどういう風にして道を選ぶか」という研究をしていたことがあるのですが、そのときに交通流シミュレータの開発を行うということが付属的な目標として設定されていました。


さて、ここで人間の心理モデルの構築ということを考えた場合、研究の立場からは「人の行動の解析」が主眼になります。この研究はまだ進んでいる分野ではないため、それだけ調べていても1年や2年では終りません。また、開発の立場からは、精度の高い交通流シミュレータが手に入りさえすればいいということになります。そして、その中身はブラックボックスでもいい。もちろん、究極的にはそこの振る舞いから逆に人間の行動を推測するという事も考えられるのでしょうが、マクロの精度とミクロの精度を両方上げるには恐ろしい手間が掛かることが予想されます。さらに、計算の回数を増やし、パラメータチューニングを行わなければならないため、モデル自体は非常にシンプルなものである必要が出てきます。


そんな中、僕自身はまだ問題点に気がついていたので良かったのですが、研究室の後輩が完全に罠にはまってしまったことがあります。


シミュレータ構築のためといいながら全く実装不可能なアルゴリズムを考えている。それでいて、そのアルゴリズムが正しく人間の行動を記述している保証が無いブラックボックスになっている。


そうなってしまうと、論文を書こうにも本人も混乱をきたして全然研究が進みません。目的がはっきりしないからモチベーションも上がらない。


そのときは何とか助け舟を出して、それらしい結果を出したのですが、他の研究室の発表を見て決して珍しいケースではなっぽいと感じたのを覚えていますから、多分今でもそういうことは日々行われているのでしょう。

しばらく女になります

mixiの設定の話ですがw


仕組み考えたら当たり前の事なんだけど、設定変えたら広告が変わります。


友人の日記 読んで知りました。


結構新鮮。


でも、どちらかというと男性向けの広告の方が見ていて楽しい感じです。女性が設定を男性にしておくのはいいかも。