ゼロ年代を振り返って。めちゃくちゃ個人的に。
かも日記 for iPhone
今年振り返って、って書いてるとそういや今日ってゼロ年代最後の日なんだなと思ってこれについても書きます。まあ西暦なんて日本人の僕にゃ関係ないんですが、それ言ったら大晦日も関係ないので細かいことは気にしないことにします。で、ちゃんと考えるのもめんどくさいのでごくごく個人的なことだけ書きます。
2000年初頭、生まれて初めて彼女ができる。中高男子校だった僕にとっては転地変動。彼女とは今でも仲良しです。
2003年までは大学生。フィギュアスケート部だった。運動神経悪いのに練習がんばって、それでもうまくなれなくて、もっと練習してたら先輩から「うまくならないのは練習が足りないからだ」って言われて悔しい思いして世の不条理を理解した。当時はめちゃくちゃ苦しかったけど今となっては努力と才能のバランスを考えて、人に優しくなるということを学んだいい経験だったと思う。
2003年、大学院に入った年、情報系で拘束の少ない研究室だったので興味のあった経済学部で開講されている経営学のゼミに参加させてもらう。思えばこれが一番の人生の転機だった気がする。夏休み、皆が就職活動するというので、流されてある企業のイベントに行くことに。そこは経営コンサルの会社で、一旦は内定までもらったのだけどよくよく考えるとアドバイザーよりプレイヤーになりたいと思ったのでそのお話はお断りさせてもらった(その節はご迷惑おかけしてすみませんでした。。。)。なぜよくよく考えてみることができたかというと、KGCの柴田さんはじめ色々な方とお会いして刺激をうけたから。この頃の出会いには本当に感謝してる。
しかし内定を断ったはいいものの、仕事がない。当時は学生生活も残すはあと半年。就職活動のシーズンももう終わっている。そのタイミングで知人が会社を作るというので、そのプロジェクトに参画することに。それが農作物の流通事業だった。実家が農家でもなく大学も機械系だった僕が農業関係の仕事をするきっかけになった。で、やってみると自分自身は技術者だから営業より開発をしたいということに。。。
それで、2005年に今の会社を作った。当初は農業技術のコンサルをしようと思っていたのだけれども、ちゃんと計算してみるとまったく収益化の目処が立ちそうにない。色々パターンを考えて、面白そうなのは新規就農支援、じゃあ自分たちで試してみないとわからないよねということで齋藤を社に招きいれ、京丹後で実地研究スタートしたのが2006年末。
平行して、それだけではお金にならないのでシステムの受託開発を行う。2007年までは普通に下請けでサーバサイドの開発をしていたのだけど、やってみるとシステム開発も結構合理化されてない点が多いなと思い(たとえば先日ブログに書いたワークフローの改善とか)、農業を合理化しようという人がシステム開発合理化で来てなかったらダメだよね、ということでSOY2フレームワークの開発に着手。当時はCTOの宮澤を中心に、数ヶ月毎日仕様決定のためのケンカしてた気がする。
2007年秋~冬、SOY2フレームワークはいいものができたけど社内だけで使うのは勿体無い、でもそれをそのまま配布しても広まりそうにないということで、最初の事例を作ることを目的にSOY CMSを開発、2008年春に公開。今となっては会社の主力製品に。。。
というわけで、自分で書いててあきれるばかりの行き当たりばったり、激動の10年でした。それでもなんとかやっていけていることについて、周りの皆様に本当に感謝しても感謝し切れません。。。
これからの10年も宜しくお願いいたします。