またこんな記事とその記事へのコメントを見つけました。

「京大工学生はゆとり世代から学力低下」 ~さらば工学部(7)

 

僕は物理工学科の出身で工業化学科のことはそんなによく知りません。今の会社のメンバーも工学部だと情報系ばかりです。でもまあ、本質的なとこでは一緒だと思うのでそこの差は無いという前提でお話します。

 

まず、記事の第一の問題は学部教育と大学院教育をごっちゃにしていることです。教授の質の向上なんて学部生には関係ない。その違いがわかるのは早くても4回生の後半、普通だったら修士に行ってからです。つまり、「研究」を経験した後。

 

ここで話を修士以上にかぎれば、僕のわずかな体験の範囲のお話になってしまいますが、ちゃんとした「研究」を指導できる教授というのはそう多くない気がします。しかも面倒なことに、その点については教育への熱心さはあまり関係なかったりする。具体的には、「何のために」「どういう方法で」「どういうことを調べるか」という各点についてちゃんと整理できていない(もしくは意識が浅い)人が少なくない。また、教員の意識さえ高ければ、そんなに教育熱心じゃなくてもなんとなくその区別は身につきます。学部生までは「どういう方法で」ということだけしっかり学んでいればいいので、あまり深く考えなくてもよい教育はできるのですが、大学院レベルだと「何のために」「どういうことを」という目的設定の能力自体を本来なら磨かなければならないため、厄介な問題になります。

 

で、こんなブログも見つけたのですが、これは完全に「どういう方法で」ということについてですね。最初の記事でも一回生配当の講義の不合格から話題が始まっているため、主に学部生(つまりは「どういう方法で」の教育)についてのお話だと思います。

 

確かにもとの記事よりも焦点がはっきりした批判ですが、果たしてそうでしょうか?10年前でも高校で習わないことが当然のように講義の前提条件として話が進められていたように思うんですが。。。

 

結局、一番の問題は定員なんじゃないかと思っています。入学年齢人口が減っているのに定員を減らさ(せ)ないから、(努力・才能どちらの面からも)今まで入ることができなかった人が入学するようになっている。学生さんと話す機会はそれなりにあるのですが、そこでの実感にも当てはまります。優秀な人は昔と変わらず優秀だけど、そうでない人が確実に増えてる(あくまで個人的な感想であり、分析ではありません)。

 

入試簡単にしたりとか履修制限を厳しくしたりとか世間に迎合するのはやめて、昔どおりの教育をマイペースにしていってほしいものです。

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